第三章「地方人としての暮らし」~野生のゴボウ採り
一九五二年の夏、私がインガシヤで貨車の丸太積みをしていた頃のことである。丸太置き場の整理を終えたが夕食にはまだ少し早すぎるし、また夕焼けがあまりにも綺麗だったので先輩と三人でぶらりと散歩にでた。
バラックを出て二〇分も歩いた頃に、先輩のH氏が突然スーッと道路の左側の側溝に入り込んだのである。雨量の少ないシベリヤなので溝に水気は何もなく、雑草がたくさん生えていた。 彼は雑草の中の一株を指して“アッ、これはゴボウだ”と大声で言った。私はまさかと思いながら側溝の中に下りて、同じ葉の植物を根元から引き抜いて鼻先に近づけて匂いをかいで見た。それはまさしく懐かしい祖国のゴボウの香りであった。よく見れば葉もたしかにゴボウの葉に違いなかった。いかにも野生らしく根は短く、丁度朝鮮人参のように二股に分かれている。途端に欲が出た私は、狭い側溝を先輩の二人に負けじと出たり入ったり、素手でゴボウの葉をつかみ、引っ張るやら捻じるやら、夢中で掘り起こしたのである。 その時後ろから来た老婆が、背中を丸くして何やら野草を夢中で採っている我々の様子を、訝しげに見ながら「ヤポンスキー、チョゼーライ」<日本人よ、何をしているの?>と声をかけた。先輩の二人は無言だったが、私は「エト、レカルスト」<これは薬草です>と答えた。老婆は納得したらしく、うなずいて通りすぎて行った。 間もなく、両手一杯にゴボウを採った我々は急ぎ足で帰った。その時仲間の一人が“あの老婆に、実はこれを食べるのです。とは言えなかったものナー”と言い、皆で大笑いをした。 夕焼け空はいっそう真っ赤に燃えていた。その晩は早速苦労して抜いたゴボウの塩汁を食べた。いい香りであった。
by yamamo43
| 2010-10-23 22:42
| 第三章「地方人としての暮らし」
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